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社長の福田峰雄とは

私が建設業を選んだ理由とは?

 元々絵が好きで、子供の頃は、漫画や飛行機などの絵をよく画いていました。
家が、貧しいほうでしたので、そんなに高い絵の道具は買ってもらえませんでした。
もっぱら、クレヨンと鉛筆でした。

 中学一年生のときに町の小さな本屋さんでたった一冊だけあった
ルノワールの絵画全集をたまたま見つけて、パラパラとめくって見
ていた時に、大げさに言うと、体に電気が走るような衝撃を感じま
した。

 見れば見るほど欲しくなって、とうとうなけなしの小遣いをはた
いて買ってしまったのです。
45年以上経った今でも、大切にとってあります。

 こと建築に関しても、美的感覚というか「センス」を必要としま
すが、その頃のことが、今の私の重要な肥やしになっています。
私が小学6年のときに父が今の会社を起こしました。
父の姿を見ていて何となく、何もないところから物を作り出す事が、子供心に楽しそうに見えました。絵のほかにも、物を作ることも大
好きでしたから自分の気持ちとすると、こういう仕事でお金を頂け
るなら、楽しいだろうなという想いもありました。
 学校もしだいにそちらの方向に向いていました。世界的な建築家
にも随分あこがれました。

 子供の頃の我が家は、兎に角貧しかったので、自分の力で何とか「いい家」にしたいという思いは強く強くありました。その家とは
どんな家かといえば、・・・・

私が中学生(1964年)になった時に一度建て替えをしているの
ですが、それまでの家は、私の祖父が建てた家です。
朝起きると朝日が、サンサンと降り注ぎます。
窓からだけではなく、家のあちこちにある大小無数の穴からも降り
注ぐ、簡単に言えば大変なボロ屋でした。

 特に母が、土間の台所で朝ご飯のための支度をしているときに、
大きなカマドにかかったお釜に薪をくべる時なのですが、その時出
る大量の煙の中を朝日が通過するんです。
その朝日の美しさは、未だに鮮明に記憶に残っています。
まるで、映画「モーゼの十戒」を見ているようでした。

 幼い頃の私にとってそれは実に自然で当り前の光景でした。
その煙の中を通過する朝日に何か知らぬ神秘を感じたくらいです。
煙がまるで生き物のように、光の中で動く。
お米の炊き上がるときの独特の心地いい香り。程なくして、たちの
ぼる味噌汁の香り。
特に、夏の朝は格別に愉快だった。ところが、冬になると状況は
一変します。そんな壁から天井から光がさすような建物では、
想像できないくらい寒いのです。

 風呂もそのカマドの隣にあり、洗面所という言葉さえ知らなかった。風呂桶も丸い木の桶で大人は、足を伸ばせない。体を洗うとき
も脇で炊事する母の顔を見ながらだった。ぬるくなったらどうするか? 父が、母に、「少し薪をくべてくれ。」というと熱くなり、
熱すぎると今ではアフリカに設置する活動で見直された、手漕ぎ
井戸ポンプで水をバケツに汲んで風呂桶にザブンと入れてぬるく
する。

 水道やボイラーなどが当り前の現在では、言葉の意味すら理解出来ないかも知れないですね。
この状態は、冬の夜、裸になるのが本当に苦痛でした。
あまりにも過酷ですね。

 私の祖母は、脳溢血で五十代の若さで亡くなりました。そんな状況も一因していると思います。
 
 ある夏のこと、お祭りの夜店で金魚すくいをして、小さな二匹の金魚をもって帰りました。早速古い金魚ばちに入れて飼っていましたが、秋が過ぎ、冬になってだんだん寒くなったとき、確かクリスマスの数日後だったと思いますが、あまりに寒いので、寝返りがうてないくらい何枚も布団をかけて寝ていました。朝、目を覚まして、金魚を見たら、動いていない。よく見たら、金魚が水と一緒に凍っていました。そんな寒い室内を想像できますか。頬被りをしないと耳が、
しもやけになってしまうのです。
 
 幸い家族が元気でしたのでよかったですが、とても今から思えば人の住む家ではありません。もしかしたら、キャンプに使うテントと同じくらいだったかもしれません。
家の中の壁や天井には新聞紙が寒さ対策として貼られていて、私もその手伝いをしたことを昨日のように思い出します。
 
そんなこと一つ一つが今は遠い思い出ですが、本当に耐えがたい状況でした。手や耳などが、しもやけだらけで、早く自分の力で暖かい家にしたいといつも思っていました。

 父の起こしたこの会社に入ってからは、私の考えは、そういう家でつらい思いをされている人たちに暖かい家を作らなければならない。とだんだん強く思うようになり、特に自分の子供の頃を思い出し、
現在の子供たちにいい家を与える必要性を感じていました。それは、豪華とか瀟洒だとか言うのではなく、しっかりしていて、強風や地震などでも簡単に壊れない。冬でも寒くない、安全な素材を使った、
心癒されるような家です。
 
 ですが、質の悪い業者や20年くらいしかもたない家があまりに多い。そういう悪徳業者や未熟な業者にだまされて、家造りに失敗した人の話題が後を絶たないことに心をいためていましたので、家造り
に絶対失敗しない方法を皆さんにお伝えする事をもう一つの私の大きな使命と決意し、この会社をその使命を実現する建設会社にすることに命をかける決心をしたのです。

私が、住宅の質、性能、特に温熱性能などにこだわるようになったのも、そんなことからだと思います。

増改築後の家もそれまでの家と比べると多少新しくなった程度でした。なにせ、昭和40年のことですから、住宅の性能を改善するような増改築ではありません。まだ、住宅の断熱化などという言葉すらない時代ですから仕方ないのですが。今でもその頃と同じような住宅を平気で造っている業者がありますが、これは、はっきり言って犯罪です。

また、少し強い風が吹いたり、そんなに強くない地震でも家が倒壊する心配をしなくてはいけないような住宅で生活したことのある人にしかわからないかもしれませんが、あんな不安な思いをこれから家造りをする人たち、特に小さい子供たちや体の弱い人たちに体験してほしくないのです。絶対に中で暮らす人を守る住宅を造りたいのです。親子三代が「安全」で「快適」に暮らせる住まい。
「親子三代健康住宅」が私の目標であり、日本中の住宅をそうしたいという願いを実現する事が私の使命だと思っています。


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